私の人生観を変えた2つのテレビ番組(ハイジと北の国から)

テレビを見る少年

私は大阪で生まれ、子供時代を都会で暮らしてきました。
しかし、思春期を過ぎる頃から、都会の暮らしに魅力を感じなくなり、大自然と向き合う質素な生活にあこがれを持つようになりました。
そして、高校を卒業すると同時に地方の大学に進み、以来、現在に至るまで、自然が豊富で人口の少ない地方の田舎町で暮らしています。

今でも都会には全く興味がありません。
それどころか、もっと自然豊かで人里離れた山奥に住みたいと思っているくらいです。

まず最初に私の人生観に大きな影響を与えたのは、人物でも書物でもなく、なんと子供向けのテレビアニメでした。
それは、中学生時代にテレビ放映していた「アルプスの少女ハイジ」です。
スイスアルプスの自然の中で繰り広げられる自給自足的な生活が衝撃的でした。
それ以来、素朴な山の暮らしにあこがれを感じるようになり、都会を離れたいと思うようになったのです。

次に私の心に変化をもたらしたのが、35歳の頃に観たテレビドラマ「北の国から」です。
この番組は、学生時代に放映していたのですが、当時は何故か興味がなく、それから10年以上たってふと再放送を観てから、どんどんドラマの中に吸い込まれていきました。
北海道の厳しい自然を舞台に、文明の力に頼らない質素な生活の中から得ることができる幸福感に大きな衝撃を受けたのです。

私は、この2つの番組を通して、真の幸福な人生とは何かを今でもずっと問い続けています。

これらの番組の何が私の人生観に影響をもたらしたのか、少し掘り下げたいと思います。

 

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アルプスの少女ハイジ

アルプスの少女ハイジの登場人物
(出典元:Amazon.co.jp)

原作

スイスの作家ヨハンナ・シュピリの児童文学作品で、1880年から1881年に執筆されました。

原題は『Heidis Lehr- und Wanderjahre』(「ハイジの修行時代と遍歴時代」1880年出版)及び『Heidi kann brauchen, was es gelernt hat』(「ハイジは習ったことを使うことができる」1881年出版)の2構成に分かれていたとのことです。

放映

1974年1月6日から12月29日まで、フジテレビ系列で毎週日曜の19:30 – 20:00に放映されました。
「世界名作劇場」の名称で1969年から2009年まで続いたアニメシリーズの中の1作で、全52話の30分番組でした。

制作スタッフは、画面構成を宮崎駿が担当し、高畑勲が演出するという、その後のジブリアニメの布石となるような作品だったのではないかと思います。
当時のテレビアニメの世界では珍しく、スイスの現地でロケハンを敢行してまで繊細な情景描写にこだわった作品でもありました。

あらすじ(アニメ版)

舞台はスイスのマイエンフェルト地方
マイエンフェルトの風景
主人公のハイジは生まれてすぐに両親を亡くし、5歳の時に人里離れたスイスの山小屋で暮らすおじいさん(アルムおんじ)に引き取られます。
おじいさんは人嫌いで誰とも交際せず、初めのころはハイジを学校にも通わせませんでした。
それでもハイジは、アルプスの大自然の中でおじいさんの深い愛情に包まれ、ヤギ飼いの男の子ペーターとの友情も育みながら、質素ながらも生き生きとした幸せな生活を送ることになります。
ところがハイジが8歳の時、突然ハイジの伯母が現れて、私欲からおじいさんを脅し、ハイジをだまして連れ去り、ハイジはドイツの大都市フランクフルトの富豪の娘クララの勉強相手、遊び相手として過ごすことになります。
しかし、都会での生活が合わないハイジはしだいに心の病に侵されてしまいます。ようやくそれに気づいたクララの父親が心を痛めて、ハイジをスイスの山に帰します。
ハイジを無二の友として愛していたクララは、幼い時から足が不自由で病気がちでしたが、ハイジがスイスに帰った後、どうしてもハイジに会いたくなり、医師の了解を得て山の気候の安定した夏にハイジに会いにやって来ます。
ハイジのおじいさんは、むしろ山の新鮮な空気と不便な生活の中でなら、クララの足の障害は治るのではないかと思うようになります。
それまで都会の先進医療でもクララの足は直すことができなかったのですが、アルプスの豊かな自然と周りの人たちの愛情に包まれ、ついに奇蹟が起こり、徐々に歩けるようになります。
夏が終わり、フランクフルトに戻ったクララでしたが、その後リハビリを続け、やがて再びハイジに会いに行く約束をします。
番組の最終回は、マイエンフェルトの町を見下ろす雪原でハイジとペーターが「早く春にならないかなぁ」「もうすぐさ。クララが来れば春だよ」「そうね、クララが春を運んでくるんだわ」と会話しているところで終わります。

私が影響を受けたこと

豊かな自然

アルプスの少女ハイジ

なんといっても、アルプスの四季折々の大自然の印象的な描写に心を奪われました。
雄大なアルプス山脈、高原に咲く花々、日が沈みゆくにつれて刻々と変化する山肌の色彩など、これまでのアニメでは表現されなかった大自然のリアル感あふれる映像美にいつも癒されていました。

質素な生活

パンをおいしそうに眺めるハイジ

アルプスの山小屋で質素ながらも心豊かに生活するハイジ達の姿から、文明の恩恵にどっぷりと浸かって生活している当時の自分にとって「本当の幸せとは何か」ということを真剣に考えさせられる契機になりました。

心のふれあい

ハイジの登場人物

山村の小さな地域社会の中で、それぞれの登場人物がシンプルに心を通わせる姿を見て、利害関係で成り立つ現実社会の中で生活している自分にとって、なんとも言えない心の安らぎを感じました。

 

北の国から

北の国からの父と子供たち
(出典元:フジテレビオンデマンド)

脚本

「北の国から」の脚本を手掛けたのは倉本聰さんです。

倉本さんは、1977年に自ら富良野に移り住み、現在まで40年以上も富良野に住み続けています。
そして、1981年に「北の国から」を執筆した後も、富良野や北海道を舞台とした数々の脚本を手掛けています。

倉本さんの自然に対する感性や文明社会に対する考え方が、私の人生観の礎になったと言っても過言ではありません。

放映

1981年10月9日から1982年3月26日までの毎週金曜日22:00 – 22:54の時間帯で放送されたフジテレビ系列の連続ドラマです。

連続ドラマ終了後もスペシャル版が1983年から2002年まで放送され、最終的に21年間も続く長寿番組になりました。

あらすじ(連続ドラマ)

ドラマの主人公である黒板五郎(田中邦衛)は、妻の令子(石田あゆみ)と2人の子供の純(吉岡秀隆)と蛍(中嶋朋子)の4人で東京に住んでいましたが、五郎の不甲斐なさから令子が不倫し、その結果、五郎は子供2人を連れて生まれ故郷の北海道富良野に住むことに。
親子3人が住み始めた富良野の家はボロボロで、しかも、電気もガスも水道もない人里離れた場所に建っていました。
五郎は、周囲の力も借りて、家の周りを住めるような環境にしていきます。
一方、北海道に連れてこられた2人の子供は、正反対の反応を示します。
父親が大好きな蛍は、母親と別れた寂しさを抱えながらも、積極的に父親を手伝いますが、純は東京に帰ることばかり考え、家の仕事もさぼりがちです。
父親に対しても、どこか反抗的でバカにしている感じもあります。
しかし純は、東京に帰るチャンスが何度もあったにもかかわらず、土壇場で思い直し、富良野に残ります。
当初、五郎に反感を持っていた純は、川から水道をひいたりする五郎の姿に尊敬の念も感じ始め、少しずつ変わっていきます。
純は、令子が病気で入院した際に東京に行きますが、以前ほど東京の生活に魅力を感じなくなっており、東京で令子と一緒に住む選択肢があったにもかかわらず、北海道に帰ってきます。
やがて令子は死を迎えますが、親子3人はその悲しみを乗り終えて、富良野で逞しく暮らしていきます。

私が影響を受けたこと

北海道の大地

富良野のラベンダー畑

北海道、特に富良野の広大な大地に安らぎを覚えました。
このドラマを観てからは、大自然の中で生活したいという気持ちが強くなりました。
北海道へのあこがれから、それから当分の間は、毎年のように北海道を訪れるようになりました。
私に家族がいなければ、きっと北海道に移住していたと思います。

自給自足の生活

北の国からの山小屋セット

電気も水道もない過酷な環境の中で、工夫を凝らして自給自足の生活を続ける主人公たちの姿に、何事にも動じずに逞しく生きていくことの素晴らしさを痛感しました。
ドラマの中の一コマですが、大雪により富良野市内が大停電になり、各家庭がパニックになっているときでも、黒板家では何事もなかったかのように普段の生活を続けていたという場面が、とても強く印象に残っています。

愚直な生き方

黒板五郎の不器用で愚直な生き方に、人生をどう歩んでいくべきかを教えられたような気がしています。
他人や世間体に惑わされず、常に現実と真摯に向き合いながら愚直に生きていきたいという、このブログのテーマとなった生き方の基本を教えてくれたのは、黒板五郎でした。

 

2番組に共通していること

広大な自然環境

「アルプスの雄大な山々」と「北海道の広大な大地」

この素晴らしい自然環境の存在が、私の人生観を支えています。

私は、心に疲れを感じたら、必ず自然の中に佇むことにしています。
現在の唯一の趣味である登山を生きがいとしているのも、この2つの番組が影響しているのだと思います。

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愚直に生きる御手本の存在

「アルムおんじ」と「黒板五郎」

2人とも不器用で愚直な人間ですが、温かい愛情にあふれ、損得だけで物事を判断しない清らかな心の持ち主です。

私は、他人から馬鹿にされても、損をしても、このような人になりたいと常々思っています。

小さな地域社会

マイエンフェルトの「デルフリ村」と富良野の「麓郷」

どちらも主人公たちが住んだ小さな山村です。(デルフリ村は架空の地名ですが)
私は、利害と世間体に左右される都会の生活から逃れて、こうした小さな地域社会の中でひっそりと人生を送りたいという夢を持ち続けています。

 

今後をどう生きるか

私の究極の夢は、人里離れた場所でひっそりと自給自足の生活を送ることですが、現実はそう簡単にはいかないことはわかっています。

家族や周囲の人たちに迷惑をかけずに、協調して生活するためには、せめて現在のような田舎町で文化的な暮らしをしながら、生活のアクセントとしてたまに大自然に親しみながら生きていきたいと思っています。

物質文明の快適さに惑わされることなく、あまり多くの欲望を持たずに、慎ましく生活していきたいと思っています。

残された人生を愚直に生きていきたい・・・