争いを避ける生き方

私は、思春期を過ぎた頃から、争いを避けるようになりました。
たとえ自分が損をしてでも争いを回避し、それで自分を納得させてきました。

私の父親、妻、妻の父親は、総じて他人と利害が衝突しそうになったら、自分の正当性を主張し、自分に有利になるよう努力する人でした。だから、私の生き方は「小心者」「情けない人間」として映っていたのだと思います。
母親だけが完璧な闘争回避者で、私はその遺伝子を受け継いだのだと思います。
それと、幼少の頃、厳格な父親にびくびくする毎日を過ごしたことが、私を小心者にさせる土台を作り上げたのだと思います。

自分が間違っていなければ、しっかりとそれを相手に説明し、それでも理解されなければ、頑として相手の要求に応じない。
それが、まともな人間としてすべき行動だと思います。
相手が間違っていると思うなら、相手に同意して自分の行動を抑止することはしてはいけないと思います。

しかし、私は、家族や周りの人に影響が及ぶのなら頑張って争いますが、自分だけに影響するものであるのなば、争ってまで自分を主張しません。
理不尽な損をしても、争わないことで心の安住を得ることを選びます。
「避けられない偶発的な事故」として、無理やり納得させます。

これが私の処世術です。
しっかりと自己主張をすることが大切だとは思うのですが、遺伝と育った環境によって刻み込まれたこの性格ではどうしようもないと、開き直っています。

「幸せな生き方」を考えれば、こういう生き方があってもいいのではないでしょうか。

私は、これからも争いを避けながら愚直に生きていきたいと思います。